10 岩井賢二・八

●岩井探偵事務所●

宮里の死からさらに二年が過ぎた。
その間、岩井は刑事事件に関わる捜査協力者としての実績を積み上げた。

「賢二、開けなくていい箱というのがこの世にはあるものだ」

ふと、亡くなった父の言葉を思い出す。
父も何かをわかっているのかもしれない。また、自分と同じような能力をもっていたのかもしれいない。だが、それを岩井に教える気はないようだった。
その秘密を教えないまま彼はこの世を去った。岩井は父の思惑どおりに岩井探偵事務所の跡を継がされることとなった。

T大付属高校の事件はいまでも情報を追い続けている。
被害者はすでにあの現場から遠く離れており、もはや話題にもされなくなっている。
関連性が見いだせなくなったのであれば、それはもう連続殺人事件ではなくただの事故や寿命、あるいは病気で片づけられてしまうだろう。
警察もその部分での関係性に注目する気はないようで、あくまでもT大付属高校で起きた死亡事件として捜査は続けられている。
いまだ続けているのは宮里の死が原因として強いだろう。

近々、警視庁がこの事件を直接扱うことになるという噂がある。
経緯はどうであれ、かつての人脈を通して、岩井はめでたく捜査協力者として正式にT大付属高校事件に関わることができるようになった。

そんな岩井の行動をあるいは彼女はずっと見ていたのだろうか。
警視庁からの正式な依頼を受けて数日後のことだ。
彼女が岩井探偵事務所の玄関を叩いた。
紅葉巴杏だ。
履歴書を持参した彼女は「就職活動です」と臆面もなく言ってのけた。

「どうして?」

このタイミングで再び彼女に会うことになるとは思ってもみなかった。

岩井が事件に関わることになったことを告げると、彼女は素直に驚いた表情を見せた。

「さあ、どうしてでしょう?」

しばらくして驚きの表情から立ち直った巴杏は、ここに来た理由を話し始めた。

「警官になったとしてもあの事件を担当できるとは限りませんし、それならむしろ探偵社で働いた方が早いのではないかと思ったんです。それに岩井さんなら私の気持ちをわかってもらえるかなと。」

「だからといって、そこで使うとは断言できないな」

意地悪く岩井は笑う。

「君は有能だと思うけれど、探偵としてはどうかな?」
「いまは新米ですけど、きっと有能になってみせますよ。だって……以前に岩井さんの尾行にだって気付きましたし」

そして彼女も引き下がらない。

「ふっ……」
思わず吹き出してしまった。

その強気が心地よかった。
紅葉巴杏がこのタイミングでここに来た理由。
宮里の導きなのではないかとも思えた。

「そうかもな」
「え?」
「いや……」

あの日の出来事を忘れたわけではない。
オカルトを否定したい気持ちはいまでもある。
だが、オカルトだからと全面的に否定するわけにもいかない。
それは、まだ判明していないだけの現実であるかもしれないのだから。

「真実を探しに行くために、まずは君を鍛えないとな」
「それは、採用ということでいいんですか?」
「ああ、ようこそ岩井探偵事務所へ。紅葉巴杏さん」
「よろしくお願いします。岩井所長」

クールに笑う彼女と握手を交わした。

やがて、岩井賢二と紅葉巴杏はT大付属高校に根付いた一つの真実に辿り着くことになる。

恐怖の世界はいつでも誰かが迷い込むのを待っているのだ。