07 岩井賢二・五

●都内某所・葬儀場●

ここ二年ほどは喪服の出番がなかった。
岩井にとって静かに過ごせた二年でもあった。
失業保険が切れた時期から父親の探偵事務所を再開させて働き始めた。
人々の間のさまざまなトラブルに対処するというのは警察にいた時とそれほど変わらない生活でもあった。
以前のように自らの「能力」に頼った破天荒な捜査はせず、地道に情報集め、探偵業務に徹していたと思う。

比較的穏やかに過ごせていた日々に当然訪れた旧友の訃報は、岩井にとって大きな衝撃だった。
久しぶりに喪服に袖を通し、葬儀場へ向かった。

『故宮里佑都儀葬儀式場』

彼の名前を久しぶりに見た気がする。
いつもあだ名で呼び合っていた。

「岩井」

かけられた声は冷たかった。
旧友の同僚だ。岩井も少しは面識がある。

「あいつは、どうして?」
「あの事件だ」
「なに?」
「T大付属高校の」
「なんだと?」
「被害者たちと同じだ」
「そんな……」
「あいつ、あの事件にのめり込み過ぎて少しおかしくなっていたんだ。知らなかったか?」
「ああ」

最近は旧友から連絡がなかった。
忙しいのだろうと思っていたし、仕事を離れたことで縁が薄くなったのだろうとも思っていた。
頼みを断っていた後ろめたさもある。
何となく躊躇している間に二年が過ぎていた。

「手がかりが見つからなすぎて神頼みを始めてな。怪しげな連中に関わりだしていた。心霊捜査なんて、探偵に捜査協力を頼む以上に胡散臭い」

岩井の現状を知った上での発言だと、その目は語っている。

「あいつがそんなことを?」
「ああ。……だが、もしかしたら何か手がかりを見つけていたのかもな」
「それは……」
「あいつの前に亡くなったのが、協力していた霊能者だ」
「……まだ、被害者が出ているのか?」
「ああ、しかも被害者はすでにT大付属高校の外に出ている。犯人がどういう法則で被害者を選んでいるのかはいまだ不明だったんだが、もしかしたらあいつはそれを見つけていたのかもな」

そして犯人を捕まえるために、自分が狙われる側になった。

「バカな。そんな……映画みたいな真似を」

いや、映画だけではない。
実際にそれをやるのだ。
岩井も昔はそうだった。
我が身を投げ捨てるような、なんとしてでも事件を解決してやるという責任感。
だからこそ、警察を辞した岩井が一番に捨てたものがそれだった。
たった二年で岩井はそのことを忘れてしまっていたのだ。
刑事を辞めたことに安堵していたはずの岩井は今、自分が失ったもののことを思って衝撃を受けた。

「まったくな。上はもうこの事件を見ない振りをしたかった」

彼は吐き捨てるようにそう言った。

「被害者同士の因果関係はどんどん希薄になる。殺しを特定するための物証もなにも出て来ない。死の状況は確かに異常だが、死因は全て心筋梗塞だ。実は何かの病気で警察よりもむしろ病院の出番なんじゃないかってことになりつつある」
「…………」
「だが、あいつは犯人の存在を疑っていなかった。規模が縮小されてもあいつは捜査を続けた。その結果がこれだ」

悔しげな表情で吐き捨てる。

「本当にこれが犯罪なのか、それとも病気なのか。ともあれ身内が死んだんだ。上の連中もこれで無視ができなくなるかもな」

そのときは名探偵の出番もあるかもしれないぞ。
そう言い残した彼の口調は刺々しかった。
どうも探偵業に良い印象を持っていないようだ。
旧友のように探偵に好意的な印象を持っている者ばかりではない。自分たちの仕事場を荒らす敵だと思っている者だっているだろう。

「宮里……」

だが、もしもいまの岩井が旧友の仕事を引き継ぐことができるのだとしたら、それは探偵という形でしかありえなかった。

 

紅葉智司・参

 

●?T大付属高校?●

竹垣常久。
三間未唯。
そこからさらに何人も名前を連ねた。
校内で歪な死に様をさらす彼らを見つけ、その手からスマホを奪っていく。
そしていま、宮里佑都という人物からスマホを受け取る。
ロックはここでは何の意味もなさない。
ここはそういう場所なのだ。

「なにをしてるんだ?」

自分のやっていることの意味が分からない。
どうしてこんなことをしている?
させられている?
ときどき、自分の手が自分のものじゃないように感じる。
自分の体が自分のものじゃないように思える。
紅葉智司であるはずの自分がそうではないような気がしてならない。
誰かの目を借りて誰かの世界を見ているだけなのか、誰かに体を貸して誰かに世界を見せているのか。
わからない。
ここはどこで、彼らはどうして死んでいるのか?
この世界において智司はなんなのか。
ツネにあのアドレスを送ったのは智司だ。
それなのに、どうして智司は今もこうして生きていられるのか。
わからない。
自分が自分であるという確信を持てないまま、やることだけは機械的にこなしていく。
スマホを拾い、ロックを解除し、メッセージアプリを開く。
そこにはなにもなかった。
アドレスが消去されているのだと気付くのに時間はかからなかった。
そう気づいた時に感じたのは安堵と恐怖だった。

もうこれ以上、こんなことに関わらなくていいという安堵と……
ではこれから一体、自分はどうなってしまうのかという恐怖。

智司の精神は揺れに揺れた。

「だめだ。だめだだめだだめだだめだだめだ……」

止まらない言葉。
死の連鎖を止める方法はどんなに考えても浮かばない。
どうすればいい?
どうすれば……。

「あっ……」

その時、智司は思い出してはならないことを思い出した。

「そうだ……ははは……」

一度はそうしようとして止めたこと。

「その手があったよ」

そう考えれば手の中にあったスマホが別の物に置き換わる。
かつて持っていた自分のものに。

「姉さん、助けてよ」