05 紅葉智司・弐

●?T大付属高校?●

「そんな……」

智司は唸った。
竹垣常久のことを思い出したのは現状を悟る契機となった。
ぼやけていた思考が鮮明になる。
それは思い出せなかったことを思い出すということでもあった。

「まさか……」

思い出してしまったことを確認するように智司は教室を離れてすぐそこにある場所に向かう。
それは、男子トイレ。
入り口から2番目の個室にある。
扉をゆっくりと開ける。

そこに、常久はいた。

「なんでだよ⁉」

様々な思いを込めて叫んだ。
悲痛な叫びは建物の中に吸い込まれていく。

中に収まったバケツやモップを押し退け、隅に体を押し付けて尻もちをついた格好の常久は上を見上げる形で……つまり今の智司と目が合わさる状態で固まってしまっている。

もう動かない。
なにかを見て……。
目をそらすこともできず。
瞼を閉じることもできず。
その姿を見続けて、そして死んでしまった。
開け放たれたままの口からは声なき絶叫が今も聞こえてきそうだ。
竹垣常久は、智司の友人はここで死んだ。

「なんでだ?」

どうしてこんなことになってしまった?
問いながら智司は思い出していた。
その原因を。
きっかけを。
だけどどうしてこんなことになる?
わかるわけがない。

智司たちはただ、動画を見ただけなのに。

『なんか面白いもんが流れて来た』

そんな言葉とともにメッセージアプリに動画サイトのURLを流してきたのは中学時代の部活の先輩だった。

「タツキンがなんか送って来た」

有名動画配信者に似ているという理由で付けられたあだ名を共有できるのはこの学校だと常久だけだ。

「なに? 智司ってまだタツキンと繋がってたの?」
「いや、タツキン卒業してからこれが初」

中学の時からメッセージアプリのIDが変わっていない。

「部活でID教えてたかな? たぶんそんな感じ」
「ああ、まぁそんなもんだろうな。で、なに?」
「さあ? ていうか怪しすぎ。タツキン、アカハックとかされてないだろうな」

このときはアカウントを乗っ取られて変な宣伝メールをばら撒かされているのではないかと疑っていた。

「あはは、タツキンならありそう」

常久がすぐに同意するように、タツキンという先輩はそういう迂闊さのある人物だった。

「あの先輩のドジに巻き込まれるのはごめんだな」
「そうそう」
「気になるなら転送するけど?」
「智司が見て問題なかったらで」
「ずる」
「あははは、まっ、そんなもんだろ」

智司もこの時はURLに触れる気はまったくなかった。アプリを閉じて、タツキンが送信してきたことでできたメッセージルームを削除すればそれで終わりだった。
次にそのアプリを触ることになったのは帰宅途中の電車の中だった。

「うん?」

目の前の座席が空いたので、スマホを出しながら腰を下ろす。
その時に手が当たったのか、例のメッセージアプリを開いてしまっていた。

「あっ、しまった」

指がタツキンの送って来たURLに触れている。
消そうと思いながら色々あって忘れてしまっていた。

「くそ……」

始まってしまった動画を止めようとしたが、できなかった。
音もない動画が始まり、続いていく。

それはなにかの記録映像なのだろうか?
それともなにかのイベントのオープニングムービーとか?
短い動画や静止画などが続いていくが根本に存在するテーマ性は見いだせず、意味を理解することもできない。

「意味が分からない」

端的にすればそういうことになる。
ただ……。

「気味が悪い」

動画を見ていると肺の奥になにか気分の悪いものが溜まっていくような息苦しさを覚えた。

「最悪だ」

車酔いのような不快さが世界を揺らしていく。智司はスマホを切って目を閉じた。

思い出した。
それが最初だったはずだ。

タツキンが死んだという噂が流れてきたのはその翌日だった。
亡くなったのは一週間以上も前。
智司にメッセージを送るよりも前のことだ。

当時もどういうことかと混乱しながら常久に相談して……動画も見せた。

そして同じメッセージアプリでURLを転送した。
常久には智司の感じる恐怖心は半分も伝わっていないようだったが、それでも誰かに心情を話すことで智司自身も落ち着きを取り戻すことができた。

あの時動画を常久に見せなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。変わり果てた常久の姿と記憶によって良心の呵責に耐え切れなくなった智司は、膝から崩れ落ちた。

「うう……」

情報の共有が簡単な現代において、七日の法則なんて必要ない。人々の気分の波にさえ乗れば、瞬く間に四桁以上の人々がこの動画を見ることになるだろう。

だけど未だそうなってはいない。
この動画はずっと前から存在するはずなのにバズってもいなければ炎上してもいない。
誰でも見られる場所にあるはずなのに、見るには何か資格が必要であるかのように感じてならない。
智司は自分がその資格を有する者になってしまっていることに気付いてしまった。

「最低だ。なんでこんな……」

しばらくして、智司は自分の前にスマホが転がっていることに気づいた。
自分のものではない。
それは常久のスマホだった。

「最低だ」

わかっている。
わかっているんだ。
だけど、やめることはできない。
やめてしまったら、あの時の失敗を覆せなくなる。
だから……。

「ごめん」

智司はそのスマホのメッセージアプリを開いた。